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【アラベスク】  第11章 彼岸の空



第3節 湖面の細波 [3]




 辺りを見渡す。遠巻きに自分を見つめる周囲の視線。好奇心は持ちつつも、関わりあいたくはないと尻込みしながらこちらを見つめている。自分の傍で好意を示していた女子生徒たちも、いつの間にか少しずつ距離を取っている。
 瑠駆真は再び聡と向かい合った。
 黙ったままその円らな瞳を少し大きくして自分を見返してくる相手に、聡は軽く唾を飲む。
「お前、ひょっとして、知らないのか?」
「な」
 何が? と問おうとした声。だが、結局は問いかける事は適わなかった。別の声に遮られたから。
「おやおや、君たちはずいぶんと廊下がお好きなようだね」
 飄々とした声音に振り返る。顔も見たくはないと思いながら、それでも振り返らずにはおれない。
「小童谷」
 睨んでくる瑠駆真の視線に、小童谷陽翔はおどけた仕草で肩を竦めた。
「おぉ 怖い。そんな目で睨むなよ」
 言いながら、ニヤリと口の端を緩める。
「ひょっとして、俺まで自殺に追い込まれるのか?」
「自殺?」
 瑠駆真は驚きを隠す事ができなかった。たとえ小童谷陽翔の前であるという事を自覚していても、喉元で声を押し留める事はできなかった。
 瑠駆真の驚き声に、陽翔は目を細める。
「びっくりしたよ。まさか彼女を自殺に追い込める人間が、この学校に存在するなんてね」
 そんな愚行を成し遂げる事ができるのは、お前だけさ。
「死ななかったのが幸いかな」
 死ぬワケないけど。
「今日中には自宅に戻ってるんじゃないのかな。でもしばらくは登校できないだろうね。身体がどうこうって言うより、こういうのは心の問題だからさ」
 言いながら、瑠駆真の手元に視線を移す。
「あぁ、それ、廿楽家からの招待状だろ?」
 指差しながら、緩く首を傾げる陽翔。
「そろそろ君の手元に届くんじゃないかなと思ってたんだ」
「お前が出したのか?」
「俺が? まさかっ」
 大仰に両手を広げる陽翔。
「何で俺が廿楽の名前でお前に招待状を出さなきゃならないんだ? 俺はただ、そろそろ廿楽家からお前に声が掛かるんじゃないかと予想していただけだよ」
 それが華恩の描いたシナリオだからね。
 瑠駆真を呼びつけ、家族を目の前にして悲劇を演じ、そうして瑠駆真を追い込んでいく。娘を自殺に追い込んだ張本人を目の前にして、華恩の両親は逆上するだろう。それを見て華恩は健気に瑠駆真を庇う。
「お母様、やめてください。(わたくし)にも非はあるのです」
「まぁ 華恩。なんて可哀想に。命を絶ちたくなるほどの扱いを受けながら、それでもそのように謙虚に振舞えるなんて。このような野蛮な輩に同情などいりません」
「いいえお母様。私は山脇くんを責める為にお呼びしたのではありません。私が浅はかだったのです。私の軽率な行動が山脇くんにご迷惑をお掛けしてしまったの。それがとても申し訳なくて、だから私は……」
 そこでさめざめと泣いてみせる華恩。その姿に母も涙を流す。
 あぁ ウザイ。
 陽翔は想像するだけで吐き気を感じた。
 自殺に追い込まれながらも山脇を庇おうとする華恩と、その姿に感動する両親。華恩の両親は、娘の健気さに心を打たれてこう口にする。
「今回の件に関しましては、娘に免じて許してさしあげます。ただし、今後このような事が再び起これば、その時にはお覚悟なさってくださいませね」
 そこで華恩が涙を拭いながら顔をあげる。
「このような事が起こらぬよう、私はもっと山脇くんとお親しくなりたいと思いますわ」
「まぁ 華恩。このような人間と親しくなるなど、再び命を危険に晒すようなもの。むしろお前に接触させぬよう、この者の行動にはそれなりの制限をつけるつもりですよ。決して行き過ぎた行為ではありません」
「お母様。それはよくありませんわ。私はむしろ彼をもっと理解したいと思います。揉め事や(わだかま)りは、逃げたり避けたりしていては何の解決にもなりません。むしろ相手を知ろうとしなければ」
「まぁ、この子ったら、なんて聡明なのかしら」
 親は感動し、瑠駆真と向かい合う。
「お聞きになりましたわね。華恩の広い心遣いに免じて、娘と向かい合う事も許してさしあげますわ」
 つまりは、こちらが会いたくなくても会わねばならなくなる。
「でも、これ以上娘の心を傷つけるような言動は許しません」
 つまり、華恩が望むような言動しか許さない。
 こうして瑠駆真は強制的に華恩と付き合わされる。当面は自宅療養する華恩の枕元に呼びつけられる事になるだろう。たぶん、毎日のように。
 瑠駆真に拒む余地はない。拒めば彼は一瞬で退学処分に追い込まれるだろうし、たぶん彼だけでなく―――
 陽翔は思わず口元を緩める。
 大迫(おおさこ)美鶴の名を出されれば、山脇瑠駆真は拒めない。絶対に。







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